製薬会社の品質管理担当者が知っておくべき溶出試験の基礎知識

コラム

はじめまして、河野智彦です。
製薬メーカーの品質管理部門に12年ほど在籍し、現在はフリーランスのライター兼コンサルタントとして活動しています。

品質管理の仕事に就いて最初に壁を感じるのが、溶出試験ではないでしょうか。
「パドル法とバスケット法、どう使い分けるの?」「Q値って結局何?」「GMP査察で何を聞かれるの?」

私自身、新人時代にまったく同じ疑問を抱えていました。
この記事では、溶出試験の基本的な仕組みから判定基準、現場で気をつけるべきポイントまで、品質管理担当者の目線でまとめています。
初めて溶出試験に携わる方はもちろん、改めて知識を整理したい方にも役立つ内容です。

溶出試験とは?定義と目的を押さえる

溶出試験(Dissolution Test)は、経口固形製剤から有効成分が試験液中にどれだけの速度で、どれだけの量が溶け出すかを測定する試験です。
対象になるのは錠剤やカプセルといった経口固形製剤。

この試験の目的は大きく4つあります。

  • 製剤から有効成分が消化管内で適切に溶出するかを予測する
  • 製造ロット間の品質のばらつきを確認する
  • 後発医薬品が先発医薬品と同等の溶出挙動を示すことを確認する(生物学的同等性)
  • 製剤設計の変更が溶出に影響しないことを検証する

要するに、患者さんの体の中で薬がきちんと効くかどうかを、試験管レベルで確認する仕組みです。

とくに後発医薬品(ジェネリック医薬品)の分野では、溶出試験の重要度が極めて高い。
先発医薬品と同等の溶出挙動を示さなければ承認を得られないため、溶出試験のデータは製品の命運を左右します。
品質管理担当者にとって、溶出試験は避けて通れない業務の一つです。

国立医薬品食品衛生研究所が公開している溶出試験法の解説資料にも、溶出試験の意義が詳しくまとめられています。

3つの代表的な試験方法

日本薬局方の一般試験法6.10では、溶出試験に使用する装置として3つの方法が規定されています。
それぞれの特徴と使い分けを見ていきましょう。

回転バスケット法(装置1)

40メッシュのステンレスワイヤで作られたバスケットの中に製剤を入れ、バスケットそのものを回転させる方法です。

試験液量は通常900mL〜1L、温度は37±0.5℃に設定します。
回転数は通常100rpm。

カプセル剤のように液面に浮きやすい製剤に向いています。
バスケットの中に閉じ込めるため、製剤の位置が安定しやすいのが利点です。

ただし、バスケットの目詰まりには注意が必要です。
崩壊性の高い製剤ではメッシュに微粒子が詰まり、溶出挙動に影響を与えることがあります。
試験前にバスケットの洗浄状態を毎回確認する習慣をつけておくと安心です。

パドル法(装置2)

容器の底に製剤を沈め、パドル(撹拌翼)で試験液をかき混ぜる方法です。
最も広く使われている方式で、多くの品質管理担当者がまず触れるのはこれでしょう。

回転数は通常50rpm。
製剤が浮いてしまう場合は、シンカーと呼ばれる沈降用の器具を使います。

私の経験上、パドル法は条件設定のわずかな違いが結果に影響しやすい印象があります。
ベッセルの形状、パドルの中心位置、試験液の脱気状態。
こうした細かい要素を丁寧に管理することが、再現性の高いデータを得るコツです。

フロースルーセル法(装置3)

筒状のセルに製剤を入れ、下から上へ試験液を流し続ける方法です。
流量は4〜16mL/分で設定します。

難溶性の薬物や徐放性製剤の評価に適した方式です。
パドル法やバスケット法ではシンク条件を確保しにくい場合に選択されることが多いですね。

なお、USPでは上記3つに加えて往復シリンダー法(装置4)も規定されていますが、日本薬局方には含まれていません。

方法の選び方

3つの方法のうち、どれを使うかは基本的に医薬品各条で指定されています。
自分で自由に選べるわけではありません。

ただし、新規製剤の開発段階では試験法の選定を行う場面があります。
その際のざっくりした判断基準は以下のとおり。

  • 一般的な即放性製剤 → パドル法が第一選択
  • カプセル剤や浮遊しやすい製剤 → バスケット法を検討
  • 難溶性・徐放性の製剤 → フロースルーセル法が候補に入る

迷ったらパドル法から検討を始めるのが現場の定石です。
実際、市販製剤の大半がパドル法で試験されています。

試験液の種類

試験に使用する液も重要な要素です。
日本薬局方では以下の試験液が規定されています。

  • 第1液(pH 1.2):胃液を模した塩化ナトリウム・塩酸溶液
  • 第2液(pH 6.8):腸液を模したリン酸塩緩衝液
  • その他、医薬品各条で個別に規定された試験液

どの試験液を使うかは医薬品各条で決まっています。
製剤の特性に応じて適切な液を選択しないと、試験結果そのものの妥当性が問われます。

判定基準の読み方|Q値とS1〜S3段階

溶出試験の結果を「適合」「不適合」と判定する基準は、日本薬局方の判定法1(Q値判定)が基本です。

Q値とは

Q値は、医薬品各条で定められた「規定時間内に溶出すべき有効成分の最低割合」を指します。
表示量に対する百分率で示されるもの。

たとえばQ値が75%と規定されている製剤であれば、規定時間内に有効成分の75%以上が溶出する必要があります。

S1〜S3段階の判定フロー

判定は最大3段階で行います。

まずS1段階。
試料6個で試験し、すべての個々の溶出率がQ+5%以上であれば、この段階で適合です。

S1で適合しなかった場合はS2段階へ進みます。
追加で6個(計12個)を試験し、平均溶出率がQ以上、かつQ-15%未満のものが1個もなければ適合。

S2でも適合しなければS3段階。
さらに12個追加(計24個)で、平均がQ以上、Q-15%未満が2個以下、Q-25%未満が0個であれば適合となります。

段階試料数適合条件
S16個全個体がQ+5%以上
S212個(累計)平均≧Q、かつQ-15%未満が0個
S324個(累計)平均≧Q、Q-15%未満が2個以下、Q-25%未満が0個

S1で通れば試料6個で済みますが、S3まで進むと24個必要になります。
製造品質がしっかり管理されている製剤ほど、S1段階であっさり適合する傾向があります。

ちなみに、S2やS3まで進んでしまうと試料の消費量も増え、再試験のスケジュールにも影響が出ます。
製造部門との連携を含めて、S1適合を安定的に達成できる品質を目指すのが品質管理の理想です。

現場で注意すべき3つのポイント

溶出試験の「知識」と「実務」の間にはギャップがあります。
そのギャップは、たいてい細かい管理の部分で生まれる。
私が品質管理の現場で痛感したポイントを3つ挙げます。

試験液の脱気処理

試験液中の溶存酸素は、溶出結果に意外なほど影響を与えます。

パドル法では、気泡がベッセルの壁面や錠剤の表面に付着し、溶出挙動を変化させることがあります。
とくに難溶性薬物の試験では、脱気の有無で結果が大きく変わるケースを何度も見てきました。

脱気の方法としては、加温しながら減圧する方法やメンブレンフィルターを用いた方法が一般的です。
試験の再現性を確保するために、SOPに脱気手順を明確に記載しておくことをお勧めします。

私がいた職場では、脱気の温度・時間・減圧度を具体的な数値でSOPに記載し、毎回同じ条件で脱気を実施していました。
「適度に脱気する」のような曖昧な表現では、担当者によって処理のばらつきが出ます。
数値で管理することで、誰がやっても同じ品質の試験液を調製できる体制にしていました。

装置のバリデーションとキャリブレーション

溶出試験器は定期的なバリデーションとキャリブレーションが欠かせません。

装置の適格性評価(IQ/OQ/PQ)はもちろん、日常的な温度確認、回転数の校正、ベッセルの位置確認など、地味ですが重要な作業が山ほどあります。

IQは据付時適格性評価で、装置が仕様通りに設置されているかを確認する段階。
OQは運転時適格性評価で、装置が設計通りに動作するかを検証します。
PQは稼働性能適格性評価で、実際の試験条件下で装置が期待通りの性能を発揮するかを確認するもの。
この3段階をきちんと実施し、記録を残しておくことがGMP適合の大前提です。

私が在籍していた製薬メーカーでは、こうしたキャリブレーション作業を外部の専門企業に委託していました。
溶出試験器のバリデーションに特化した企業として、日本バリデーションテクノロジーズ株式会社についてまとめたページも参考になります。
USP指定代理店として独自のSOPに基づくサービスを提供しており、エーザイや武田薬品工業といった大手製薬企業での導入実績もある企業です。

自社だけで全てを完結させるのが難しい場合、こうした専門パートナーの活用も検討してみてください。

記録管理とSOP整備

GMP査察では、溶出試験の生データ、手順書、逸脱管理の記録が必ず確認されます。

「なぜこの試験条件を選んだのか」「逸脱が発生した際にどう対処したか」。
こうした判断の根拠が文書として残っていることが大事です。

SOPは一度作って終わりではありません。
装置の更新や試験法の改訂に合わせて定期的に見直す必要があります。
私の経験では、SOPの改訂履歴が整備されている現場ほど、GMP査察で指摘を受けにくい傾向がありました。

もう一つ付け加えると、試験担当者の教育記録も忘れがちな盲点です。
「この人は溶出試験の操作に関する教育訓練を受けている」という記録がないと、査察時に突っ込まれることがあります。
新人教育の段階から記録を残す仕組みを作っておくと、後々の負担が減ります。

国際的な調和の動き|ICH Q4Bと三薬局方

溶出試験の方法は、日本薬局方(JP)、米国薬局方(USP)、欧州薬局方(EP)の三薬局方で調和が進んでいます。

ICH Q4B Annex 7に基づき、回転バスケット法、パドル法、フロースルーセル法の3つについては三薬局方間での相互利用が認められています。
PMDAが公開しているICH Q4Bの関連ページで、調和の詳細を確認できます。

ただし、すべてが相互利用可能というわけではありません。
以下のケースは対象外です。

  • 酵素を使用する試験法
  • 腸溶性製剤の試験法
  • 日本薬局方の判定法2
  • 容量1Lを超える容器を使用する試験法

グローバルに医薬品を展開する企業にとって、この調和の範囲と例外をきちんと把握しておくことは実務上かなり重要です。
三極での承認申請を視野に入れる場合、どの薬局方の基準で試験データを取得するかを開発段階から検討しておく必要があります。

品質管理担当者としては、自社製品がどの市場に出荷される予定なのかを把握し、該当する薬局方の要件を事前に確認しておくことが大切です。
「国内向けだからJPだけ見ておけばいい」と思っていたら、途中から海外展開の話が出てきた、というケースは珍しくありません。

まとめ

溶出試験は、経口固形製剤の品質を保証するための根幹となる試験です。

試験方法の選択、判定基準の理解、現場での細やかな管理。
どれか一つが欠けても、信頼性のあるデータは得られません。

この記事でお伝えした内容は基礎的なものですが、基礎がしっかりしていれば応用も利きます。
新しい試験法への対応やGMP査察の準備も、基礎知識の延長線上にあるものです。

溶出試験の技術は日々進化しています。
バスレス方式の試験器が登場するなど、装置そのものの進歩も目覚ましい。
新しい技術や規制の変化にアンテナを張りつつ、日々の試験を着実にこなしていく。
地道ですが、その先には患者さんの安全があります。

品質管理の仕事に正解は一つではありません。
製品の特性、試験の目的、規制の要件に合わせて最適解を見つけていくのが、この仕事の醍醐味です。
日々の試験業務に少しでもお役に立てれば嬉しいです。